夏になれば町のそこここに風鈴の澄んだ音が響き、床机の上で人々が腕をまくり団扇を使い、そして百物語が囁かれる。
江戸っ子は怪談好きで、三人寄ればあそこに何が出た、ここには何が出る、そこそこで誰かが何かを見た、と噂する。ただの伝聞もあれば作り話もあり、よくできたものから他愛ない話まで、ずっと語り継がれるものもあれば、聞いたそばから忘れ去られるようなものまで、千差万別。
そしてそんな怪談と一緒にあやかしがそこかしこで生まれ出る。
最近の流行は「首がない子供」だ。
夜中に歩いている人の後ろでしくしくと泣く子供の声。振り返ってはいけない。そこには首のない子供が立っている。
首のない子は首を欲しがり、振り向いた人の首をもいでしまう。もがれた人は首がなくてもしばらくはむやみと歩き続け、やがて体が腐って足がもろくなれば倒れて死ぬ。
子供は首を手に入れても自分の首ではないから大きさがあわない。そのうち首は転がり落ちる。そうするとまた子供は首を求め、泣きながら町をさまようのだ。
往壓はこの話が嫌いだった。
「嫌いってどこが嫌いなんです」
「悪趣味だ」
「竜導はこの話が怖いのか」
「怖かねえ」
「そんなに古い話じゃないんですよねえ。ここ数日ではやりだした話で。ほら、三日ほど前に首なし死体が隅田川にあがったでしょう。あれからですね。やっぱり瓦版に載ったせいなんでしょうか」
「こんな話を瓦版にするほどネタがねえのかよ」
「で、何故嫌いなのだ」
アビ、宰蔵、元閥、放三郎に次々と尋ねられ、往壓は渋々と答えた。
「………子供が」
「子供?」
「子供の幽霊話ってのが苦手なんだよ。かわいそうじゃねえか、首を捜して泣いてるんだぜ? 誰か見つけてやろうってヤツはいねえのかよ」
四人は顔を見合わせた。
「しかしその首のない子は首をほしがるあまり他人の首をとっていってしまうのだぞ?」
「だからさ、ぴったりの首を見つけてやりゃあもう悪さはしないだろうが」
「ぴったりの首ねえ」
元閥が手元の瓦版に目を落とす。
「これにはその子が男か女かも書いてないね」
「首がないのだからわからないのだろう」
「着物を脱がせてしまえばよいのでは?」
「そんなことしてるうちに首を取られちまうぜ」
ああでもないこうでもないと言ってはいたが、所詮これはただの暇つぶしの話だった。誰も三日前の首なし死体が本当に幽霊の仕業だとは思ってはいない。今、この時点では。