スイートデビル・ダウンロード1300記念

● ショコラ ●

 まだ春浅い山の峰。岩肌にはようやく芽吹いた緑が美しい模様を描いている。
 その上にバサバサと大きく風を切る音が響いた。
 その年のはじめての訪問者は空からやってきたのだ。


「ああ、寒かった。空を飛ぶのって便利なようだけど、冷えるよね」
 ラキエに抱かれていた腕から降りると、僕は彼の首に回していた手で、自分の腕を擦った。
「寒いなら、まだくっついてりゃいいだろ」
 ラキエは離れようとする僕を、腰に回したままの腕で引きとめ、抱き寄せた。僕はラキエの胸を両手で軽く押すと、背の高い恋人を見上げた。
「あのね、そういうことするなら家でもいいんだよ」
「なら、わざわざ寒い中飛んで来たここで、何をするつもりだ?」
「景色を見たり、おいしい空気をすってリフレッシュしたり」
 僕は両手を広げて景色を指し示した。
「きれいだろ?」
 悪魔はちらっと回りをみたが、すぐに鼻を鳴らした。
「ただの山だろ。別に珍しくもねぇ」
「そうだけど………」
 自然に恵まれた魔界で暮らしている彼にはごく普通の風景なのかもしれない。でも今日は別な目的があるのでこれ以上むなしい押し問答を続ける気はない。
「まあ、座れよ」
 僕が地面に腰を下ろすと、ラキエも大人しく隣に腰をおろした。
「君は寒くない?」
「そんなにヤワにできてない」
 もともと寒い方がこの悪魔の好みなのだ。今は適温というところなのだろう。なのに、偉そうに胸をはるところが子供っぽい。暑いのには弱いくせに……と思うが言わないでおく。
「それで、寒さに震えて山を見て、オマエはこれで楽しいのか?」
 ラキエはすでに退屈し始めてる様子だ。帰ると言い出す前に試しておきたいことがある。
「きれいな場所でおいしいものを食べたり飲んだりすることが必要なんだよ、人間には」
 僕はそう言って持ってきたバッグをごそごそ探った。
「おいしいもの? オマエが用意したのか?」
 ラキエは僕の手元を覗き込んでくる。何が出てくるか、少し不審そうだ。
「ふふ」
 僕はステンレスのポットを取り出した。それから紙コップ。内蓋をひねるとふわりと甘い香りが鼻をくすぐる。湯気をあげる茶色い液体を紙コップにそそいでラキエに差し出した。
「ほら」
 ラキエは差し出されたものを受け取って、中味をじっと見つめた。
「何だ、これは?」
「匂い、覚えがない?」
 ラキエは鼻を近づけて、匂いを確かめた。
「……覚えがある」
 それのせいで大変だったことを思い出したのか、しかめっ面になる。ステンレスポットの中身は暖かいチョコレートドリンクだ。
「あんな醜態、二度とゴメンだ」
 以前チョコで酔っ払って倒れたラキエは、不機嫌な様子で僕にコップをつき返した。僕は笑ってその手を押し戻す。
「大丈夫だよ。あれは塊だったけど、ほら、これは液体だし。それに、君も気に入って食べてただろ?」
 僕がこれだけ彼にチョコレートを薦めるのは、あの酔っ払った時のかわいいラキエをもう一度見たいせいだった。こういう山奥の人目のない場所なら、酔ったラキエが暴れても飛んでも大丈夫だし。
「後でああなるって分かってりゃ、食べたりしなかった」
「でも食べている時は気持ち良さそうだったじゃないか」
「気持ちは、よかったな」
 ラキエの気持ちが少し揺れたらしい。トロリとした液体を眉を寄せて見つめている。
「だろ? だから。それにこれは固形じゃなくて液体だよ。アレより大分薄いはずだ」
 僕は紙コップをラキエの口元に持っていった。かわいいラキエを見られるかと思うとワクワクする。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
 ラキエはコップの縁から疑わしそうに僕を見た。金色の目が光っている。
「たぶんね。ずいぶん薄めてあるし」
 自信はなかったが、気取られないよう明るく言ってみる。
「アブナイと思ったら、なめるだけにしておけば?」
 ラキエは薄いなら大丈夫かと思ったのか、紙コップに口をつけた。
「熱っ」
 あわてて唇を離す。
「熱いぞ」
 低温悪魔のラキエには体験したこともない熱さかもしれない。
「すぐ冷めるよ」
 僕はラキエをなだめ、液体の表面をふうふう吹いてやった。
「………」
 しばらくしてからもう一度口をつけたラキエは、すぐにコップから顔を上げて、唇を舐めた。
「やっぱり甘い」
「そりゃそうだよ」
 あんまり当たり前な答えに僕は笑い出し、自分のためにもコップにチョコレートを注いだ。
 一口飲むと、咽喉から胃の奥にふうっと暖かなものが降りていき、冷たい空気でこわばった肌を溶かしてくれるようだった。
「あったまるー」
「オマエ、甘いものが好きだったか?」
 ラキエはそんな僕の様子に目を細めた。
「大好きってわけじゃないけど、寒い時は甘いものがほしくなるかな」
「そんなもんか?」
「それより、どう? 大丈夫そうかな?」
 少し考える素振りをみせて首をかしげたラキエは
「今のところ、なんともないな」とそっけなく答えた。
「そっか………」
 多少がっかりした僕は、黙って景色を見つめた。液体じゃだめなのかもしれない………。
 ラキエの方は大丈夫そうなのと、冷めてきたので、気をよくしたのか、コップの残りを一気に飲み干した。
 その後、フゥッと息をつき、空になったコップを名残惜しげにじっと見ている。
(こないだのラキエは、なんか穏やかでかわいかったのに………残念)
 僕がそんなことを思っていると、
「薄くても………量があると違うな」
 と、ラキエがぽつりと呟いた。
「え?」
 ラキエはゴロリと草地の上に無造作に寝転がった。金色の髪がふわりと四方に広がる。
「ラキエ?」
 僕は横たわった彼を覗き込んだ。
「あったまったぞ」
「そ、そう?」
 顔色は変わっていないようだけど………どことなくいつもの彼と違う。
「………ラキエ、もしかして気分いい?」
「……いいな」
 効いてるのか?
 僕はそっとラキエの頭を撫でた。
「気持ちいいんだ?」
「ああ」
 ラキエは僕の手をうるさげに振り払うでもなく、そのまま目を閉じた。
(ホットチョコでも効くんだ………)
 僕は嬉しくなってラキエの頬を触ってみた。いつも冷たい肌が今は少し暖かい。
「少しあったかいね」
「オマエの手の方が冷たいな」
 ラキエは頬に触れている僕の手をとり、ぱっちりと目をあけた。金色の瞳が日差しを返して穏やかに輝いている。
「オマエは、本当に何ともないのか?」
 ラキエの質問に笑い出しそうになったが我慢して微笑みに留めておく。チョコで酔っ払う人間は、おそらく現代人にはいないだろう。
「うん、僕は――でも、君が気持ちよさそうだと僕も気持ちいいよ」
「だったらもっと……」
 ラキエは僕の手を自分の口元に持っていき、軽くキスをした。
「気持ちイイコトするか?」
「フフ」
 柔らかな感触に僕は笑った。今ならこの悪魔にもなんでも言える。
「僕のこと好きだって言ってくれたらいいよ」
「好きだ」
 間髪いれずにラキエは答えた。あんまり早すぎて意味がわかっているのかと問いただしたくなる。
「ほんと?」
「ウソなんかつくか」
「どのくらい好き?」
 女の子みたいなことも酔っ払い相手になら平気で言える。
「オマエが嫌がらなきゃ、どこでだって触れて、感じさせて、泣かせてやりたいくらい、だな」
「それって正しい答えかなあ」
 僕は笑って彼の頬をつついてやった。
「不満なのか?」
「嫌がったってやるときはやるじゃないか」
「それは本気で嫌がってないからだろ」
「本気で嫌がったら………やめる?」
「やめなきゃ二度としないんだろ?」
 あっさりと言った彼に少し驚いた。
「約束、覚えてるんだ」
 僕がホンキでいやがった時にはたとえラキエがどんなに望んでもしない。
 この約束はもう1年以上前の約束だ。
「ちゃんと、誓ったからな」
 ラキエは得意気に言った。くちづけをかわして約束する悪魔の誓い。いちいち大げさだとは思ったけど、ラキエはちゃんと守ってくれるのだ。
「もう一回好きだって言ってくれよ………」
 僕は嬉しくなって彼の胸に顔を伏せた。
「好きだ」
「ココロから?」
「何だ、そりゃ」
「そうきたか」
 僕は笑ってラキエの金色の髪をひっぱった。
「なんでもないよ、でもそう言ってみてくれよ。ココロから好きだって」
「口先だけでいいのか?」
「今はね。僕も気分いいし。たくさん聞きたい、君の口から」
「ココロから好きだ。……これでいいのか?」
 意味はわかっていないんだろうなあ、と思うけど、嬉しい。どうやら僕もホットチョコで酔っ払ったらしい。
「魔王さまにそんなに言ってもらえて果報モノだな、僕は」
「好きだと言ったら、気持ちイイコトするんだろ?」
 ラキエは自分の身体の上に乗っている僕を両手で抱きしめた。
「うーん、どうしようかな」
 僕は地面から冷えたホットチョコのコップを取ると、一口飲んだ。その濡れた口でキスをする。舌で甘さをわけあって。ラキエの舌をからめて、甘いキス………。
「………」
 ラキエが目を閉じた。僕は唇を触れ合わせたまま囁いた。
「気持ちイイ?」
「ああ」
 キスとチョコに酔ったのか、ボンヤリとした視線で見上げてくる。
(かわいいなあ………)
 こんなに大人しくて無抵抗なラキエなんて、そうそう見られない。
 僕は彼のあごと首にキスをした。少しずつさがって、服の上から胸にキスしてみる。ラキエの薄い布の下に、少し固くなった乳首を感じる。
「アシュ」
 ラキエが僕の顔を覗きこもうと、少し顔をあげた。
「じっとしてて、いい子だから」
 僕はもう少し身体を下げると、彼の足の間に入って布の上から股間を触った。
「…外なのに、いいのか?」
 いつも外だと嫌がる僕が積極的なので不思議そうに聞く。
「………誰もいないよ」
 僕は呟くと布の上からそのふくらみをなぞった。
「ラキエ、僕が好き?」
「好きだ」
 迷いのない声。うっとりする。
「好きなら………じっとしてるんだよ」
 僕は彼の服を開いて中に手を入れた。ソレに触れてゆっくり擦る。
 普段、自分からソレに触ったりしたことはないが………こんなラキエなら手を出してみたくなる。
「う……」
 ラキエが小さく声を漏らした。すぐに硬くなってくるのをちょっとポイントをずらしたりしていじってやる。
「気持ちいい?」
 僕は彼の顔を見ながら指を動かした。
「いいぜ……アシュ」
 ラキエが鼻から長い息を吐いた。
「でも、一緒に気持ちよくなるんだろ?」
「うん、………でも僕も気持ちいいよ」
 僕の答えにラキエは訝しげに顔を上げる。
「どこにも触ってないぞ、オレは」
「君の顔に感じてる」
 僕は微笑むと彼の先端をくるくると擦った。
「君の声や、体温や匂いにも」
 じんわりと滲んできたものを広げて塗りつける。指の動きが滑らかになる。
 ラキエは一つ、大きく息をついて、手を伸ばして僕の頭に触れた。
「…だったら、オマエも見せろよ……感じてる、顔」
「まだダメ」
 僕は彼を服の外へ完全に出して、その濡れた先端に口をつけた。
「もっと君をヨクしてから」
 ぺろりと舐めてからゆっくりと含む。この重量が愛しい。
「アシュ」
 ラキエの指がサラリと僕の髪を撫でた。
「………ん?」
「もう……いいから、オマエも脱げよ」
「ん―――ん………」
 僕は応えず、ちゅっと吸って彼の情動を誘う。ラキエは軽く僕の髪をひっぱった。
「ん、ん………」
 痛みに僕は口を離した。
「イタイよ」
「言うこと、きかねぇからだ」
 僕はラキエの固く立ちあがったソコの根元を押えると、舌先だけで先端をぺろりと舐めた。
「僕のこと好きなんだろ?」
「ああ…」
「好きならじっとしてるって約束だよ」
 僕はラキエの目をみつめて笑った。
「君が動いたり、強引に僕を抱いたりしたら………僕のこと好きじゃないってことだ」
「どういう、理屈だ……」
 ラキエは呆れた顔で僕を見た。
「君は感じていればいい………」
 僕はまた口をつけて、ラキエの好きそうなところを刺激してやる。自分がいつも彼にしてもらって気持ちいいところ………。
 ラキエは僕にこういうこと滅多にさせないから上手じゃないことはわかってるけど………でもこんなに反応してもらえるなら少しはイイんだろう。
「アシュっ」
 ラキエの芯の震えを感じて、刺激するのをやめる。つけねのあたりにキス。
 ラキエが時々するように触れては離して、含んで舐めて、ちょっと噛んだり息を吹きかけたり――つまり焦らしてるわけ。
「くっ……ぅ…」
 ラキエはじれったいのか、低く唸った。
「イキたい? ラキエ」
「どうせ…なら、オマエに入れて、のが……イイ」
「僕の中で………イキたい?」
「ああ……」
「じゃあそう言ってごらん」
 ラキエが時々こうしたイジワルをする時は、さんざん泣かされてからやっと許してもらえる。でも僕はそんなにイジワルじゃないからね。それに………我慢できないのは僕の方。
 僕はドキドキしながら服をゆるめた。指先を舐めて、それで自分の後ろを触る。
「アシュ、オマエの中でイキたい」
 照れも遠慮もないラキエの言葉。僕をまっすぐ求める素直な声。愛しい悪魔。
 僕は指で僕の中を確かめた。めったにしないけど今なら平気。性急にほぐしてラキエを受け入れる準備を進める。
「………」
 僕は息を吐いてラキエの上で足を開いた。角度を持ったものを支えてゆっくり腰を落とす。自分からこんなふうにするなんて、ラキエが酔っ払ってなきゃ絶対できない。
「う…ぁっ」
 ラキエが小さく声を上げる。さんざん焦らしたから、すぐにもイキそうだ。
「ま、だ………だめ………っ」
 僕は彼を制止するともう少し深く腰を落とした。ラキエが僕の中をえぐっていく──するどくとがった剣を連想する彼の………
「まだ…っ……だよ」
 頭の中で彼の形を想像する。それが僕の中をどんどん昇っていく。僕は彼をしめつけた。
「アシュ……っ」
 ラキエの両手が地面の上で拳を作る。触れちゃ駄目、と言った言葉を忠実に守っている。
「も…、我慢が、きかねぇ…っ……」
 僕は目を開けてラキエを見つめた。決定的な解放を求めて身体を動かしたいだろうに、じっと我慢している馬鹿正直な悪魔。
 僕は身体を曲げてラキエの顔を両手で包んだ。潤んだ目が見上げてくる。
 ゆらゆら揺れる金色の蜜。僕をとろかす甘い熱。
「………どうして…ほしいの?」
「動いて……イカせろよ」
「僕が好き? ラキエ」
「好きだ」
「もっと………言って」
 僕はゆっくりと腰を引き上げた。
「好きだ」
「あ………」
 ラキエの上に落とす。彼の体のわきに手をついて、腰を動かし、しめつけてやる。
「もっ………と……」
 ラキエの声が聞きたい。僕を求める、僕だけを欲しいと言ってくれる彼の言葉が。
「――う、」
 まるで喉が締め上げられているように、苦しげにラキエがうめいた。そんな声がすごくセクシーで僕の方も感じて声が出てしまう。
「ラキ………ッ」
「好き、だ…アシュ──く、………っ!」
「――あ………」
 中に………熱い飛沫。身体の奥に、全部届く。
「……アシュ」
 ラキエは荒い息の中、僕の名前を呼んだ。最後まで我慢して指一本動かさなかった。
 僕が好きだから、約束を守ってくれた。
「………ぁあ…」
 ラキエはイッタが僕はイカなかった。強い快感はないけど穏やかに満ちてくる感じがたまらなくイイ。ラキエを受け入れている場所がじんじんと熱い………。
「よかった?」
 身体を曲げてラキエにキスしてやると、彼は瞳を上げて日差しを反射した。
「ああ…」
 ふうっとひとつ大きく息をする。
「オマエ、すげぇやらしかったしな」
「………何を言ってるんだい」
 僕は放り出されている彼の手をとって僕の体に触れさせた。もういいのかとラキエがぎゅっと抱きついてくる。
「………外なのに襲ってくるし、さんざん焦らすし」
「君がかわいいから」
 僕はラキエの前髪をかきあげてやった。その金色の髪の下で、彼の瞳が縦に細長くなっている。 明るい太陽の下では彼の瞳孔はこんなふうに猫のように細くなるのだ。色のついた光彩の部分は極上の蜂蜜か、透き通った琥珀のように見える。
 僕はラキエの顔の前で手をパタパタ振って見せた。
「何のマネだ?」
 ラキエが不審そうに唇をとがらせる。
「今、瞳が縦になってるけど、見えてるのかなと思って」
 ラキエは笑うと目の前で揺れている手を掴んだ。
「見えてなきゃ、こんなことできないだろう」
「猫の目みたいだよね」
「お前らこそ、ちゃんと見えているのか?」
「どういう意味?」
 かりっと僕の小指をかじりながらラキエが言った。
「人間が見えてるものは、たかがしれてるってことだ」
「君達にはどんなふうにこの世界が見えているんだろうね」
 きっと悪魔の見る世界と僕達の見えている世界は違うのだろう。目の構造一つとっても僕たちは違いすぎる。
「人間の世界がか?」
「ああ、言わなくていいよ。どうせ狭いとか汚いとか言うんだろ」
「事実だ。お前だってそう思ってるんだろ」
 当然、という口調に僕はちょっと寂しくなった。
「………きれいなとこだってあるよ」
「そうだな、おもしろいこともあるし、きれいなものだってある」
「え? ほ、ほんと?」
 まさか賛同を得るとは思わなかった。ラキエは人間の世界には不満ばかり言うからだ。
「ヤッパリ、何も見えちゃいないし、わかってもないな」
 呆れたように続ける彼の言葉は、とっても恥ずかしいものだった。
「お前がそのひとつだろうが」